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カテゴリ:幕間 日常
「クレオール」についての講座に参加しました。
クレオールとは、ハイチやマルチニークなど、旧フランス植民地のカリブ海の島々の言語や文学を指す、という認識が強かったが、広くそれらの地域の人々や社会、さらに、別の歴史を持つ別の地域のことも指すようになっているらしい。(「クレオールとしての台湾文学」といった言葉は聞いたことがあったのですが) また、もっと広く、システマチックな言語や思想と対比して、さまざまなものが混ざり合うことで存在し、人や生活に根ざした、生の言葉や考え方、物事のとらえ方や姿勢、生き方、を指す語ともなっているようです。 前者は書き言葉としての言語、後者は話し言葉としての言語、ととらえることもでき、必然的に、クレオール的な言語というのは、リズミカルになるそうな。琉球語や、アイルランドのジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』も、クレオールといえるそうな(『ユリシーズ』は一応<英語>で<書かれて>いるが、口述、音としての文学になっているらしい)。 私は日本語も標準語しか知らないし、なんとかある程度使える外国語は英語。つまり、システマチックな言語しか身に付けていないことになります。 それでも、1つの言語しかできない(いわゆるモノリンガル)よりはましかなーと思います。 よく日本の学生が「英語なんかできなくても困らない、日本語だけで十分だ」と言いますが、それはそれで幸せというか。そういう考え方をするっていうことは、日本の社会の中にいて満足できるということ? 私は子供のころから「この社会じゃ絶対やっていけない」と感じていたので、本の世界に入り込んだり、英語を勉強したりした。そういう意味で、英語は「できなくちゃ困る」ものだった。 なんだかクレオールから離れてしまったかもしれませんが、とにかく一律的な社会や文化や政治は窮屈だし、危険でもあると私は思います。そういったあり方は、その中に組み込まれることのできない一部の人々を犠牲にして成り立っているからです。 ふぅ~、自由に生きたいです。自由って大変なんですけどね。 作家の中島京子(直木賞受賞作『小さいおうち』など)の無料講演会に行った。
会場は、目白キャンパスにある成瀬記念講堂。歴史的な建物で、特に内部があまりにすてきで驚いた。 中島氏は、大学生のころ作家になりたいと思ったが、卒業後は編集者・ライターとして働き、30歳を過ぎたころ(?)に編集者を辞めてインターンシップでアメリカに1年間行き、現地の小学校で日本文化などを教える。帰国後、ライターをしながら数年間かけて500枚くらいの小説『FUTON』を執筆。知り合いのつてで講談社に作品を持ち込み、作家デビュー。『小さいおうち』で直木賞受賞。 この作家さんの作品はまだ読んだことがありません。 直木賞受賞作を書店でパラッと眺めたり、アイオワ大学で開催される世界中の作家が集まるイベントに招待されて海外の作家と知り合って感銘を受け、日本の文芸誌で中国や韓国の作家の作品を紹介したのを読んだりとかはしていましたが。 直木賞の選考日当日は朝から掃除をしていたとか、質疑応答をきっかけにお話ししてくれた、デビュー作にまつわるアメリカでの「FUTON」経験とか、おもしろかったです。 才能がある人は運も強いのかなあと感じた。人柄が運を引き寄せてるのかも。 出版界がどんなに不況で、売れるのが確実な本しか出せないというような状況が語られていても、よいと思ってもらえる作品ならば必ず世に出るはずだと素朴に信じているという話も興味深かった。 「自分にとっての想像力とは、別の人(やほかのもの)の立場に立って、その人ならどうするかと考えること」―そうなんですよね、それが大事ですよね。 「人の人生を生きる」「別の人生を生きる」(ゴーストライターのようなことをしたり取材や調べ物をしたりとか、作家を目指しながらも別の仕事をしたりとか)ことで、自分の中にいろいろとたまっていって、それがいつか作品になる、というお話とも関連している。 新しい経験に対してオープンでいれば、それが小説を書き続ける原動力になる、というのも、単純ではあるが、それだけにやはりそういうものなのねと思わせられた。 靴が好きです。
鞄も結構好きで、服もまあ普通には好きだけど、靴、特に革靴が好き……。 メーカーによって、革の質感や厚みや、靴底の材質もさまざまで。 メーカーの国の道路などの状態が靴の特徴に反映されていたりして。 楽しい。 靴底の修理をしてもらう機会は多くはないので、貴重だ。 私が行く店は、カウンターで見えるように修理してくれるので、待っている間、その様子を見ているのが好き。 靴底を金づちのようなもので叩いたり、補強のための物質をくっ付けて、はさみを使って切って靴の大きさに合わせたり。 職人さんって感じでかっこいい。 修理作業をしてくれる人たちが受付や会計もしてくれるが、心なしか、対応も実直な感じが。 お洋服のお店の店員さんたちと比べるからかな。 職人への憧れがあるので、都会のデパートで職人さん見物、の気分です。 お店の方に、「歩き癖がないので靴底が均等に減っています」と言われて、洋服店で無理なお世辞を言われるよりよっぽどうれしかったです(笑) 友達とカフェで話していたら、うっかりして終電を逃すはめに。
24時間営業のファミレスで夜を明かし(ファミレスに感謝!)、始発で帰宅。 自宅周辺では夜の間に雨が降ったらしく、まだやわらかい日が差す中、地面も木々もしっとりとしていました。 空気が清々しい。 ふと、広い空が目に入って、立ち止まってしまいました。 灰色っぽい雨雲の名残のような雲と、入道雲のような大きな雲が、ゆったりと動いている。 ああ、なんて美しい光景……。 駅から家までの道のりに、こんなに空を大きく見渡せる空間があることをすごく久しぶりに思い出しました。 いつまでも見ていたい、雲の浮かぶ空でした。 道端にある雨粒の垂れる草花と、どんどん上昇して光の強さが増すまだ低い位置にある太陽にも、足が止まりました。 いい景色を見られて、ちょっと生まれ変わったような気分を味わえました。 ファミレスで徹夜するなんてしょっちゅうしたいことではないけど、日常の中で非日常を体験できるきっかけにはなったみたいです!
知人や家族や自分に最悪な被害は今のところ出ていないが、人生で最も身近に感じている災害だ。阪神淡路大震災などのときは自分が住む地域には大きな揺れはなく、年若くて遠方である被災地にいる友人や知人もあまりいなかったが、今回は直接大きな揺れを体験し、余震も多く、被害が特に大きかった地域に知り合いもおり、福島原子力発電所の放射能漏れの問題は、日本全国はもちろん、周辺の海外地域にまで危険が及ぶ可能性がある。こんなに長期間にわたって命の危険を感じるのは初めてだ。
被害にあわれた方、避難している方、その方たちと親しい方、捜索活動や撤去作業に当たられている方など、言葉にできないほどの悲しみ、苦しみ、不安、疲労を抱えている人がたくさんいる。本当に文字通り命をかけて原発で作業している方とそのご家族も。 原発については、非常事態が発生したときに生命の危険を冒して作業に当たってもらうことでしか最悪の事態を回避できる望みがないようなモノに頼ってまで便利な生活を求めてはいけないと思う。石油資源が必要でなかろうが二酸化炭素が出なかろうがお偉い人々の莫大な利益になろうが制限なしで電気が使えて首都圏の電車が冷暖房ガンガンで通勤通学時には2分おきに運行できようが、日本は金持ちで技術力も高いんだから、真に安全な代替エネルギーの実用化を目指し、実現すべきだ。国民や国民が選んでいるはずの政治家がそのように考えないなら、私はこの国に住み続けていていいのだろうかと疑問に思う。今に始まったことではないが、自分の国が間違った方向に進んでいくのを見るのはやはりつらい。これまでで一番強くそう感じる。 自分はあまりに無力ですが、今後も被災地の状況と被災した方々(地震発生の状況次第で自分もその中に加わるかもしれない)について見聞きし、感じ、思い、考えることだけはせめてし続けます。 横浜をひたすら散歩。
![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 赤レンガ倉庫周辺には、近くの会場でアニメ関係のイベントがあったと推測され、コスプレの方たちがたくさんいました。一緒に写真におさまってもらっているらしい、東南アジアあたり(?)からの観光客も。ちょっと、その気持ちわかります…。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 横浜の中華街は観光地化され過ぎているとも言われるけど、小さい道を入ると結構汚かったり(!)やはり趣がある。訛りのある売り子さんの呼び声も聞けるし。 中国語圏からの観光客は、話す言葉を聞く前から、何となく見分けがつくことも多い。 中華街に来ると必ずしてしまうこと:1個100円のゴマ団子を買い食いすること…。別にここのが特別おいしいというわけではないだろうが、普段食べるきっかけもないし。好きなんです。笑みがこぼれるわ。ゴマの香ばしさと、やわらかい餅、餅に密着した餡の甘さのコンビネーションがたまらないのです。 ![]() ![]() 海はずっと見ていられるときがある。潮の香をかいで波の音を聞きながら、たゆたっている波とどこまでも広がる空を眺める。全く、飽きない。 山下公園では、散歩中の大型の犬が中国人観光客に囲まれ、飼い主とともに記念撮影をしていました。たまに見かけるタイプの犬だけど、種類はわからない。 山下公園で、RYU(りゅう)さんという人が大道芸をしていました。遠目で見る限り、若くてかっこよさそうな男性。最後の大技だけ見ました。自分の身長くらいかそれより高い(?)梯子の天辺(四角く切った木が取り付けてある)に立つ!なぜ梯子が倒れないんだ?!しかも刀を使ってジャグリング(って言うのでしょうか?)。大拍手&お金も結構集まっていたみたい。 「好きな大道芸を仕事にできて幸せ、誇りに思う。でも正直、将来が不安です」という彼。同じく将来が不安で懐の寂しい私はお金を帽子に入れませんでした…。代わりにここに書いている、というのでもないですが、いつかそんなときに気前よくお金を出せる人になれるのかなあ。または、好きなことを頑張ってやって生きていくことにしたRYUさんのようになるか。「やれるとこまでやります」と言っていました。かげながら、応援してます~。 ![]() (「ryu 大道芸」で検索したら、見た方の感想や写真が載っているブログなどがヒットしました) 土曜に引き続き、日曜にも別のスタジオでバレエのレッスンを受けた。
土曜の先生よりもやりやすく、筋肉痛にもしっかりなって、手ごたえあり(?) ステップとか、フロアの動きは全然できないのですが(バーも後半は特にきつい)。 最近、片耳の聞こえが悪い気がして、疲れているから気のせいかもと思いつつ、一応耳鼻科に行ったが、やはり気のせいなようだった。 ほぼ問題にならない程度のことらしい。 疲れ、ストレス、寝不足とかでそう感じることもあるし、疲れがたまると、実際に内耳は影響を受けるらしいです。私はそれほどでもないが、むくみが原因のこともあるらしい。そうか、耳もむくむのか…。初めて知った。 血流を良くする薬などを少しもらった。あとはしっかり休養してくださいということです。 もっともだわー。そうしたくてもなかなかできないけど、なるべく心がけよう。 聞こえにくい「気がする」のは事実なので、音の細かいニュアンスが感じ取れなくなる恐怖を感じてしまった。 それはいやなので、しばらく長距離通勤のイヤホン生活はお休みして、静かに過ごそうと思う(無理か、あの通勤地獄では…) 耳も休ませないとね。 とても久しぶりにバレエのレッスン(当然初心者向け)に行った。
いや~、何してるのか不明でした。 もっとしっかりやって、動いた気になりたいんだけど、どこをどう頑張ればいいのかわからず…。 間違った頑張り方するのもよくないからなあ。 でもやはり体動かすのはいいものですね。 あまりに運動不足なので、できればのんびりちょくちょく続けたい。 ![]() パンに塗ってお昼用に持っていったら、本当にワインのお味。 油断すると一瞬ふわっと酔いそうになります。 職場でこっそりかすかにお酒を楽しめる?! 日本にも売ってるのかな~。
森美術館の展示を見るついでに何度も行っている森タワーの展望台。
昼間より夜景の方がきれいだけど。 ![]() ![]() 夏限定オープンの、熱帯魚の水族館も。 魚虐待?と思われる「展示」の仕方も。ちゃんと面倒みてるのかな…。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 下の方には息絶えた魚たちが…? ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() スカイデッキは初めて行った。屋上なので、ちょっと怖い。 ![]() ![]() ![]() 夏だからかいつも以上に観光客が多かったかも。 夏休みなんてない中、わずかに夏休み気分を味わいました。 < 前のページ次のページ >
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